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ぬくもり



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G
K
 
   私を呼ぶ声が聞こえる   
 聞きなじんでいる声、が。
 もっと近くで聞きたいのに、私を呼ぶ声を聞いていたいのに、遠く、小さくなっていく。
 ほら、もう聞こえない。
 そして私も消えていく   




 「……遜!陸遜」
 聞こえなくなってた声が急に聞こえてきて瞼を上げると、目の前には私を呼んでいた声の主、甘寧殿がいた。
 体がゆらゆらと揺れている。
 私は甘寧殿の腕に抱かれながら共に馬に乗っているようだ。
「……甘、寧…殿?」
 名前を呼んだはずの自分の声は、掠れていて自らの耳からも遠い。
「意識があるなら大丈夫だな!もうすぐだからな!」
 意識。
 その言葉を聞いて思い出した。魏の将から刃を受けたことを。
「戦いは……どう、なりました、か」
 途切れ途切れに聞いてみる。
 その声は届いていないのか、返事は返ってこなかった。
 返事を待つ内に口を開くのが辛くなってきたので、瞼を閉じて抱かれる腕に身を委ねた。
 伝わる体温が心地よい。
 どうして、こんなにも体温が高いんだろう……。





 再び目を覚ますと寝台に寝転がっている時に見れる何時もの天井だった。
 ゆっくりと顔を横に向けてみると、刺青の入った背中が見える。
「……甘寧殿……っ」
 声をかけながら起き上がってみると、腹部に激痛が走った。
「無理するんじゃねぇよ」
 慌てて近寄ってきて私の身体を支えた甘寧殿が、心配そうな顔と心配そうな声で労わってくれた。
「大丈夫です……それよりも、どうなりましたか?」
 軍師としては知っておかなければならないこと。
「俺がいるんだぜ。勝ったに決まってるじゃねぇか」
 自信たっぷりの言葉に安心する。
 勝利した事に対しては安心したけれど、心の底からどうしてこんなに安心させてくれるんだろう。
「そうですか……よかった」
 勝利した事に対して素直に喜び笑顔を見せる事はできたが、自分が立てた作戦を最後まで見守ることが出来なかった。
 なんて、情けない。
 軍師たるものが先に倒れてしまうとは   
 手当てされた包帯の巻かれている自分の傷に手をやり、ため息を一つ零す。
 自らの身も護れないのでは戦場へ立つ事など出来ない。
 剣の修行をしていない訳ではない。
 時間さえ出来れば剣を振るっている。
 それなのに   
 自分の細い腕をみてから、甘寧の逞しく筋肉のついた身体を見ては視線を自分の身体へと戻して、再度ため息。
「どうした?」
 傍に椅子を持ってきて座りだした甘寧が陸遜の視線に気付いて声をかける。
「あ……いえ……ありがとうございます」
 首を振って、それから礼を言うのを忘れていたことを思い出し、礼を言う。
「礼なんかいらねぇよ」
 そういって笑って私の頭を撫ぜた。
「子ども扱いしないで下さい」
 思わず口から出てしまった言葉に自分ではっとなる。
 普段は子ども扱いされても実際に子供だから、と笑って過せていたのに、落ち込んだくらいでするっと出てしまうことは子供だと自ら言っているようではないか。
「……」
 ほら、甘寧殿に面食らった顔をされている。
「あー……子ども扱いしてるつもりはねぇんだけどな。嫌だったら辞める」
「……なら、構いません」
 子ども扱いしないなら、頭を撫でてもいいなんて、本当に子供の言葉のようだ、と自分でも思う。
 でも、少しでも触れていると心のどこかが熱くなる。
「じゃあ、遠慮なく」
 何を遠慮なくなのか考える暇もなく髪がくしゃくしゃになるほど撫ぜられる。
「か、甘寧殿!」
 流石に嫌で制止の声を上げると手は止り、急に私の身体を抱きしめた。
「無事でよかった」
 驚いて何も言えずにいると耳元で囁かれた。
   嗚呼、心配をしてくれていたんだ。
 とくん、と鼓動が甘い音を立てて、気が付けば自らの腕を甘寧殿の逞しい背中に回していた。
「……甘寧殿……」
 名前を微かに呼んでみると、おかしいくらいに恥ずかしくなった。
「……今度はちゃんと護るからな」
 低く囁かれた声に背中が痺れるような震えが走る。
 同じ男に護られて嬉しいと感じているなんて、おかしい。
 だから  
「もっと鍛えます。己を」
 自分を戒める為にも、甘寧殿の足枷にならない為にも鍛えなければと強く願う。
 甘寧殿は軽く笑って私から離れた。
「おう。幾らでも付き合ってやるぜ」
「お願いします」




 甘寧殿が部屋から出て行った後。私は自分の手に残った温もりを握り締めた。
 目を閉じて抱きしめられたことを思い出すだけで鼓動が鳴る。
 誰かの温もりを意識するなんて今までなかったのに私は。
 私は   

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「ぬくもり」2005.10.18up
イキオイでエロ書きそうになって自分でびっくりした。中途半端に終わらせたのはワザとです。